レトロな喫茶店ランチを真似てみる

喫茶店の食事といえばナポリタン、オムライス、カレーなど軽食ばかりが思いつきます。
更に喫煙可能空間というイメージも強いのでたばこを吸わない私はほとんど足を運ぶことのない場所でした。

しかし職場近くに、大人気の喫茶店があったのです。
お昼時はもちろん大混雑。
近所に住むご老人、学校帰りの学生、近くで働くサラリーマン、老若男女問わず様々な人が来店されていました。
その理由は、「ランチが安くて美味しいから!」
昔ながらのピンクの公衆電話があり、BGMはAMラジオ
マスターがお客さんと談笑しながら煙草を吸い、競馬新聞を読んでいるお客さんが予想をしているようなレトロな喫茶店ですが、
私も何度か通ううちにそこの喫茶店が大好きになりました。

ある日、喫茶店の〝本日のランチ″を注文したらたまたま出てきたミルフィーユとんかつ。

これが繊細な味で、旨みが詰まってて、野菜もとれて絶品でした。
今回はそこで「ミルフィーユとんかつ」を自分で作った時の話をしたいと思います。

用意するものは
豚ロース薄切り、キャベツ、塩コショウ、マヨネーズ、卵、パン粉、サラダ油、塩コショウ

1.豚肉は一枚ずつ広げて、両面に軽く塩コショウします
2.キャベツを千切りにする
3.豚肉を6枚重ねる
4.豚肉に小麦粉、卵、パン粉をつける
5.サラダ油で片面5分、ずつ揚げる(すくって油をかけるとより良い)
6.キャベツを下にひき、皿に盛り付ければ完成!

いざ実食してみたところ、何かが違う、、喫茶店の味を完全には再現出来ていない。
あれは何だったのか、仕事の休憩中に立ち寄ったから疲れていたのか、セットでついていた
スープ、サラダ、紅茶がおいしさを引き立てたのか色々と考えました。

そして本日のランチが黒板にかかれるお店だったので、ミルフィーユとんかつになるまで待つことに。
3週間毎日ランチチェックをし、やっときた!ミルフィーユとんかつ!

そこで感じた違いは一つのカツの大きさ、衣の違いでした。
繊細な味を作り出す為には手間がかかるということです。

喫茶店で二回目に食べた味や見た目を参考に、
豚肉の大きさを揃えて、卵が均等に付く様、ひとつひとつは小さく、衣も丁寧に、作り直してみました。
すると一回目とは比べ物にならないほどおいしい味を再現することに成功しました!

料理は基礎から徹底的にこだわり、時間をかけて綿密に作ると必ずおいしい味になりますね。

めんどくさがって何かを手抜きにしてしまうと、味にもその手抜きがばれてしまうのでしょう。

喫茶店で食事をする機会がある方は今後、味の再現をしてみると意外な発見があるかもしれませんよ。

最近増えているレトロ喫茶店とおじさんの集いについて

最近,都内でも昔のレトロ調の純喫茶が増えており,おじさん達が集いの場として利用する光景が多く見られるようになりました。
今までスターバックスのようなファーストフード店が都内のあちこちに設置されてきましたが,現在では名古屋を拠点とするコメダ珈琲や京都を拠点とするイノダコーヒが進出しております。
元々,喫茶店の文化は関西で発達した文化です。
関西では商談を行う際に喫茶店を使うことが多いため,おじさん達には馴染みのある場所だったといえます。
また,レトロ調が多いのは,ただ珈琲を飲むだけに利用するのではなく,客に長くくつろいでもらうための工夫です。
今後,喫茶店は若者が使用するファーストフード系とおじさん達が集いの場として利用するものの二極化されていくと予想できます。
そもそも珈琲はくつろぐ際に飲むものであり,仕事をしながらでは珈琲本来の味わいを楽しむことはできません。
高齢化社会が近づいておりますので,見知らぬどおしが集いの場として活用することが増えていくと考えられます。

思い出のレトロな喫茶店

忘れられないレトロな喫茶店がある。
もう30年も前に行っていた店で、私は当時5歳。
連れていってくれたのは、私の母の叔父、つまり大叔父である。大叔父はその頃50代後半で子どももいなかったこともあり、私をとてもかわいがってくれた。
私を同伴していく喫茶店は大叔父とマスターの共同経営している店であり、大叔母も夜は出ていた。
私は昼間にしかいかなかったが、夜はお酒も出していたと思う。
昔の喫茶店は今のように入り口が透明なガラスではない。どういうわけか、暗い色のガラスがはまっていて、中は判然としない。
ドアを開けると、やはり明るい外から入れば薄暗く、なんとなく茶色の液体の中にいるようである。
レトロな焦げ茶色に光るカウンターに、背の高い革張りのスツールが並んでいて、でも、もっぱら私は窓際のテーブル席でオレンジジュースか、バニラアイスを足をぶらぶらさせながら味わっていた。
まだ5歳ではコーヒーに興味もなく、でも香りは好きだった。お客が少ない時間に行っていたのだろう、よくマスターが言葉少ないのににこやかに相手をしてくれた。
何か楽しいことをするわけでもないのに、何度も連れられて行ったのはあの秘密な大人の雰囲気に魅せられていたからだ。
子どもなりに騒いではいけないとわかっていたから、きょろきょろ、ぶらぶら、レトロな雰囲気を味わいに通った。
帰りに少しテーブルの茶色のお砂糖を弟と妹へのお土産に持って帰ったのも懐かしい。
その7年後には大叔父は亡くなり、お店も震災前になくなったと聞いた。
それでも心の中にはっきりと、あの空気が残っている。